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LATEST TOKUSATSU TUREZURE-KUSA

JUL.3.1999
「ウルトラマンガイア」 “銀色の眼のイザク”

脚本:太田愛 監督:根本実樹 特技:佐川和夫

 ガイア最後の太田愛脚本となるのだろうか、今作が。
 人間の勝手な欲望の犠牲となって絶滅してしまった、アルテスタイガーの最後の一匹、“銀色の眼のイザク”。人間と同居する事のかなわなかった猛獣は、ハンターたちによって狩られた。人間たちが生きるためか、それとも、その美しい毛皮や牙を手に入れるためか。はたまた、単なる娯楽として獣を狩っていたのか。とにかく、人間のエゴのために絶滅させられたアルテスタイガー最後の一頭がイザクである。  そのアルテスタイガーとして雄々しく生きた彼が、クローン再生実験で蘇ろうとしていた。人間が滅ぼして、眠りに就いたはずのイザク。だが、その眠りを覚ましたのも人間であった。実験のため、様々な分野で応用出来る意義のある実験である事は分かるのだが、これもまた、イザクからしてみれば人間の勝手なエゴに過ぎない。
 そんなところに、根源的破滅招来体の策略の手が伸びる。こともあろうに、クローン技術で再生しようとしていたイザクを怪獣に改造して、ワームホールを使って送り込んで来たのだ。アルテスタイガーであった頃のイザクは重油混じりの水を飲むという習性があった。これは荒れた大地をハンターたちに追われるうちに、重油油田での生活を強いられて、後天的についた習性だと思われる。つまり、このイザクの習性もまた、人間によって変えさせられてしまったもの…。その習性を怪獣化しても持つイザクは、コンビナートを襲う。かつて飲んだ重油混じりの水を求めて。そして、自分を追う人間たちへの怒りを込めて。彼は生きる。生きるために破壊するのだ。コンビナートを襲うイザクは、人間のエゴの結果なのである。
 そのことを知るアグルは、XIGによる攻撃から、イザクを守る。そしてまた、我夢もイザクがアルテスタイガーである事を知る。怪獣化させられてしまった動物が、ピュアな「生きたい」という本能だけで存在しているのに、それを攻撃する事ができるのだろうか。
 しかし、根源的破滅招来体の魔手をここで断つためにも、イザクは倒さねばならないのだ。ここでイザクを倒す事をためらえば、根源的破滅招来体は、次々に地球生物を怪獣化して送り込んでくる事になる。それに対して、XIGやウルトラマンが手を出せなければ、地球上は怪獣だらけになってしまう。
 この悲しい事実を理解した藤宮。我夢は優しい心も持ち主であるが、断腸の思いで決断しなければならないときもあるのだ。 コンビナートを破壊するイザクに立ち向かうウルトラマン。イザクの声が聞こえる。生きたい、ただ生きたいのだと。直接人間の言葉でナレーションを入れてしまう演出には、ちょっと疑問を抱くのだが、まぁ、小さな子どもにもわかりやすいという事を考えれば、仕方の無いところだろうか。
 イザクと戦うガイアは悲しげだ。自ら光線技を禁じて、素手でイザクと戦う。それは、人間が彼にしてしまった事に対する、せめてもの埋め合わせとも取れる…。
 人間が過去に行なった事に対する償い。そこを根源的破滅招来体は突いてきた。自分が生き残るために他の生物を滅ぼすことは間違っていないのか。人間は生きるために、少なくとも食用のためには他の生物を殺しているわけだが、それは正しい事なのだろうか。そういった根本的な問いに対する回答の不明確な部分、その弱さを突かれると、さすがに明確な勧善懲悪ヒーローは成り立たなくなってしまう。どうしても、歯切れの悪さが目に付いてしまうのだ。
 太田愛の脚本は、あえてそういった領域に踏み込んでおり、問題提起をしてくれている。これを見た子どもたちが、生きとし生きるもの全ての命の尊さを感じてくれれば、「ウルトラマンガイア」という番組は成功したといえるのではないだろうか。人は食うために屠るのであって、その肉を戴く時には、その命に感謝しなければならない。そんなことまで思い起こさせてくれる作品であったといえる。
 イザクを倒したガイア、いや我夢は、さらに精神が強くなった。つわものはつねに、心に悲しみを秘めながら戦うものなのだ。それはウルトラマンとて例外ではない。ただし、彼の場合は藤宮という盟友がおり、決して孤独ではない。若者たちのさらなる成長に期待したい。


JUL.4.1999
「救急戦隊ゴーゴーファイブ」 “完全なる敗北”

脚本:小林靖子 監督:小中肇

 ハードでしたね、今回は。ジルフィーザの切り札、冥界の三魔闘士が登場。こいつらが圧倒的に強いのである。しかもゴーゴーファイブを倒すだけでなく、一般市民を巻き込むという卑劣さを見せてくれる。その前にまったく無力のゴーゴーファイブなのである…。
 引きのエンディングが、彼らゴーゴーファイブの絶望感を感じさせる。さしもの強気でならすマトイ兄ちゃんもヤバいか?


JUL.4.1999
「燃えろ!!ロボコン」 “ウララ!熱血根性先生”

脚本:西園悟 監督:ヒデ・I

 ケガをさせてしまった先生の代わりに、小学校の教壇に立つロボコン。なんだけど、やっぱイヤなガキっているもんでね。なにいかと反抗的なのだよ。でも、例によってロボ根性でぶつかってくる態度に、生徒たちも感動ですな。
 しかもケガした先生を慕っていた女の子の想いまで遂げさせてあげちゃってね。まま、いつもながらのロボ根性です。


JUN.7.1999
「ウルトラセブン 1999最終章」 “栄光と伝説”

 前3部作が好評のため、再び帰ってきたウルトラセブンである。しかも、今度こそ最終章とのこと、期待は大きいのだが、前3作に失望していた身としては、なんとも観るのがコワイというか…。正直、今回はLD買うのはやめて、ビデオをレンタルしようかと考えたくらいだったのだが。
 ところが、その懸念はまったくの杞憂であった。面白い!、今回は面白いのである。もちろん、相変わらずの低予算であり、特撮的に、特にミニュチュアワークなどは粗が見えまくりなのだが、それを補ってあまりあるハードなストーリー展開なのだ。
 なんと言ってもショッキングなのは、勇退を目前に控えたフルハシ参謀の死である。宇宙人の攻撃によって壊滅させられた月基地に、一足送れて到着したウルトラセブン。瀕死のフルハシ参謀を腕に抱えるモロボシ・ダン。そのダンに抱えられながら、息を引き取っていくフルハシの姿は涙モノである…。
 そして、平成テレビ版でウルトラ警備隊隊員だったカジ参謀の、驚くばかりの変貌。フルハシとカジの過去に、どんないきさつがあったのか…。なぜ、カジはそれほどまでにフルハシとウルトラ警備隊を嫌い、また超鷹派的思想を持つに至ったのか…。快活で熱血漢だったはずのカジ隊員が今回はヒールに徹していて、いい感じだ。
 TDF内での対立につけこまれ、宇宙人の侵略行動が進行する。それに対しフルハシのクーデター疑惑を晴らそうと努力するウルトラ警備隊隊員たちである。しかし、人に憑依し意志を奪う宇宙人の策略に、ウルトラ警備隊メンバーたちの心にも、互いに対する疑念が持ち上がり、同胞たちに銃口を向けるという悲惨な戦いに発展してしまう…。あぁ、このハードさ、オリジナルのセブン世界を非常にうまく平成風にアレンジしていると思えるのだが。
 そして、その一連の事件を影から追う、モロボシ・ダン。カザモリに憑依した宇宙人を倒すため、彼にウルトラガンを向けるダン。一瞬カザモリの意志が蘇り、自分を撃てと叫ぶ。ダンは撃てるのか、カザモリを。息詰まる緊迫したシーンである。
 セブンの戦闘は、ちょいと間延びしてたかなーという印象。60分の作品で、セブンの戦闘が一度きりなので、ここはじっくりということなのだろうが、むしろ前半に一度、ラストに決めの、カタルシスシーンを一度というパターンの方がよかったような気がするが。しかし、セブンが出てこなくて、今回はドラマとして充分にもったんだけれどね。砂漠に燃え上がった炎がすぐに嵐によって消えるというシークエンスは、ちょっと意味が良く分からなかったなぁ。
 さて、カザモリもまた、セブンの腕の中で息を引き取る…のだと思う。カザモリの手がセブンの手を握り締める。神澤監督の思い入れのある演出である。我に戻ったウルトラ警備隊メンバーがカザモリを捜す。すると、砂丘の向こうから元気良く駆けてくるカザモリの姿。この、カザモリは一体…?
 ハッピーエンドと思いきや、ラストでショッキングな引き。フルハシ参謀の濡れ衣は晴らされたのだが、カジ参謀の推奨する先制システム、フレンドシップ計画は発動してしまうのだ。次回以降の展開が、非常に楽しみなところである。
 ビデオ撮影ながら特殊なフィルターをかける事によって、フィルムと同等な質感を再現しているのは驚き。過去にも似たような処理はビデオ作品でなされる事があったが、今回の処理はとても自然な仕上がりである。特撮も前述したような粗は見えるが、決して全体のトーンを損なう物ではないと思う。うん、いいんじゃないですか。
 唯一ワタシが気に入らないのは、新録の主題歌。ささきいさおのセブンは、ちょっと違うような気が…。

「ウルトラセブン 1999最終章」“栄光と伝説” 99 VAP 監督/特撮監督:神澤信一 脚本:神澤信一/武上純希 出演:森次晃嗣、毒蝮三太夫、山崎勝之、南条弘二、正岡邦夫、鵜川薫、古賀亘、影丸茂樹 他


JUN.8.1999
「ハムナプトラ 失われた砂漠の都」

 アメリカではSW EP1の強力な対抗馬として公開された、アクションシーン満載のミイラ映画である。
 宣材のタイトルロゴなんかを見ると、もうまるっきりインディ・ジョーンズしてて、いかにもB級な匂いがぷんぷんしちゃうのだが、実際に観てみると、本家(?)インディに優るとも劣らない見せ場たっぷりの娯楽作品であった。もうね、息つく暇もないっつう感じで。それと、お決まり、ヒーローとヒロインの恋模様もきちんとあるましてね、娯楽映画のツボはハズしてないぞって。
 大体何年か前、往年の恐怖映画のモンスターがリメイクされた時は、どれも現代風な解釈で文芸作品ぽくなっちゃってたんだよね。ドラキュラも狼男もフランケンシュタインも。それはそれでよいとして、一方やっぱハマーとかユニバーサルのモンスターは恐くなきゃ駄目でしょ。しかも、B級テイストで。そういう意味じゃ、この“ミイラ”は、やっぱ王道ですよ。
 B級テイストとはいえ、特撮は一流ですな。さすがって感じ。骸骨の兵士なんかは、ハリーハウゼンへのオマージュなんでしょうね、やはり。そういう、通好みなとこがウレシイかもで。
 監督/脚本は、「グリード」でブレイクしたスティーブン・ソマーズ。なるほどB級テイスト。肩の凝らない、楽しめる娯楽篇である。しかしなんで、邦題変えちゃったのかねぇ…。「ザ・ミイラ」のほうが、わかりやすいのに…。
 パンフレットの解説は必読!!!

「THE MUMMY」99 米 監督/脚本:スティーブン・ソマーズ 出演:ブレンダン・フレイザー、レイチェル・ワイズ、ジョン・ハナ、ケビン・J・オコナー、アーノルド・ボスルー 他


JUN.10.1999
「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナース」

 7月10日0時1分。この瞬間が本当に訪れるなんて、信じられなかった…。あれから何年待っただろうか。しかし、今、サーガは再開されたのだ。本当に。
 20年前、まだ高校1年だったワタシは、すごく面白いSF映画を見た。もちろん、それ以前からSFは大好きだった。すでに公開されていた「未知との遭遇」も、観ていたし。でもね、その映画は、「未知との遭遇」なんかよりも、理屈抜きでとても面白かった。フォレスト・J・アッカーマンの言葉を借りるなら、「もっとも短い2時間」だったのだ。その映画のタイトルは「スター・ウォーズ」。創刊されたばかりの「スターログ」をむさぼるように読み、SW関連の情報に飢えていたような、そんな時代。SWの名シーンが裏に印刷されたコカ・コーラの王冠を夢中で集めたものだ。アメリカのOfficial STAR WARS Fan Clubにだって入ったくらいだし。さらに、この物語は全9作の4話目で、まだまだお話は続くのだという…。スゴイ、スゴイよ。高校生のワタシはひとり興奮したのだった…。
 そう、あの時の興奮が蘇るような、そして、あの高校生の頃に戻れるような、そんな感覚…。はやる気持ちを押さえる事ができない。7月10日0時0分、ワタシは映画館のシートにもたれて、じっと手を握っていた。もうすぐ、もうすぐ始まるのだと。そして…。
 そして、それはやってきた。あの耳慣れた20世紀FOXのテーマに続いて、あのテーマが、あのロゴが。正直言って涙が出た。
 ストーリーの紹介なんかはもう、いろんなサイトでされてるだろうから、別に詳しくは書かない。やはり、見せ場としてはポッドレースと、ラストのクワイ=ガン・ジン/オビ=ワン・ケノービとダース・モールの対決だろう。迫力あって、手に汗握る展開である。さすがルーカス。
 様々な伏線が張りめぐらされていて、エピソード2、3へと繋がっていくわけである。もちろん、その先のNH、ESB、RJにも繋がるわけだが。そおうやって、全6話のスタートとして楽しむと、伏線が楽しみになってくるなぁ。早く次が観たくなるのも仕方あるまい。
 NHなどと比べて目に付くのは、やはりデジタル技術の発達であろう。とにかく、デジタル処理が行なわれていないカットはほとんどないんじゃないかと思うくらい。今までの特撮技術では到底表現し得なかった画を見せてくれるルーカスは、まさに映像の魔術師といったところであろうか。主役級にフルCGキャラを持ってくるのも大胆な手法と言えよう。ジャー・ジャー・ビングスは、ほんとに良く動く。むしろ変に動きすぎて、多少他の出演者から浮きぎみなのだが。このあたりの技術については、さらに発展していくのだろうなぁ。
 公開当初アメリカでは批判的な意見が多かったようだが、ワタシはもう絶対的に支持しちゃうね。映画=エンタテイメントということが良く分かってるもん、ルーカスは。特に、アナキン・スカイウォーカーと同じ年代の子どもたちにとっては、まるで夢見るような2時間だったと思う。そう、ワタシが20年前に感じたのと同じ感銘を受けているはずだ。
 SWサーガはまだまだ続く…。

「STAR WARS Episode I - The Phantom Menace」99 米 監督/脚本:ジョージ・ルーカス 出演:ライアム・ニーソン、イアン。マクレガー、ナタリー・ポートマン、ジェイク・ロイド、イアン・マクダーミド 他


JUL.10.1999
「ウルトラマンガイア」 “宇宙怪獣大進撃”

脚本:武上純希 監督:根本実樹 特技:佐川和夫

 先週とはうって変わっての娯楽篇。しかしながら、そんな中にも考えさせられるテーマが含まれていて、なかなかの好篇であった。
 アルケミースターズは、ついに根源的破滅招来体の本拠地を突き止める。そこにワームホールが通じているのだ。そこで、こちらからの対抗手段として、先手必勝ワームジャンプミサイルで攻撃しようというのが、今回の作戦である。圧倒的な破壊力を持つワームジャンプミサイルで、破滅招来体を破滅させようというこの作戦、アルケミースターズの研究の成果である。
 そんな中、我夢はこの作戦自体が納得出来ない。そもそもアルケミースターズのやるべきだったこと、それはこの研究で広大な宇宙空間で我々地球人の友達を探し出す事だったはずだ。そんな夢を実現させるべく、アルケミースターズは研究を進めてきた。そうダニエル議長に訴える我夢であるが、今は緊急時であると一蹴されてしまう。たとえワームホールの先を突き止められたとしても、そこが根源的破滅招来体の母星とは限らないという点に気がついた我夢。ひょっとするとC.O.V.などの怪獣もまた、単に破滅招来体から送り込まれているだけで、G.U.A.R.D.が攻撃しようとしているM91は、単にC.O.V.などの怪獣が棲んでいるに過ぎないのかもしれないと。そして、そこを先制攻撃することがいいことなのか。
 そんな我夢の問いかけに、石室コマンダーや千葉参謀は理解を示さない。それどころか石室コマンダーは先を見通して、チーム・クロウに対して、ワームホールミサイルの発射を阻止しようとするものは、それがたとえ何であっても攻撃すべしと命令する。ガイアがワームホールミサイルの発射を妨害することを、充分に考慮していたわけである。
 ワームジャンプミサイルの発射現場にまで行って進言する我夢であるが、その言葉は誰も聞き入れてはくれなかった。いよいよワームホールが人工的に作られ、ワームジャンプミサイルの発射が間近に迫った時、我夢はガイアに変身する。それを見つめる藤宮。
 ガイアはワームジャンプミサイルの発射を阻止せんとする。それに対して、攻撃を命じる石室コマンダー。しかしながら、チーム・クロウの稲城リーダーはガイアを撃つことができない。これまで共に戦ったきた“戦友”を撃つことはできないということ。これはいかにも稲城リーダーらしい行動といえるかもしれない。もしこれが、梶尾リーダーや米田リーダーだったならどうだっただろう。彼らは命令とあらば、ためらわずにガイアを撃てただろうか。それとも…?
 そうこうするうちに根源的破滅招来体のワームホールが出現、G.U.A.R.D.が作ったのワームホールに重なってしまう。そしてそこから現れたのは…さらに強力になった2体の怪獣、超C.O.V.と超バズズである。2体はワームジャンプミサイルに向かって突き進む。もしこのミサイルが爆発したら、壊滅的な状況を呼んでしまう。ガイアは急遽、この2体に立ち向かわなければならないはずだが…やはり迷いはあるのだろうか。この超C.O.V.と超バズズとて罪のない巨大生物で、単に根源的破滅招来体に操られているだけなのかもしれない。
 しかし、そんな迷いを断ち切ってくれたのがアグルである。本来なら、もっと逡巡があってしかるべきという気もするが、それはもう、アグル&ガイアVS超C.O.V.&超バズズのタッグマッチの前に霞んでしまった。ここからは、さすが佐川演出というダイナミックな戦闘シーンの連続である。すごい、すごい、カッコイイよ、ホントに。ふたりがしゃべる過ぎという感じも否めないが、そこはそれ、子どもたちにしてみればわかりやすいはず。ガイアとアグルが手を携えて、宇宙怪獣大進撃に立ち向かうという画には、大興奮だったはずだ。ちょうど我々が第2期ウルトラシリーズでのウルトラ兄弟の競演に興奮したように…。ガイアとアグルの最強タッグによって、宇宙怪獣は倒され、地球の危機は救われたのだった。
 結局M91は宇宙怪獣達の住処に過ぎなかったことがわかる。まぁ、そんなに簡単にわかるのなら、最初から良く調べると言う行きもしないではないが。アルケミースターズも万能ではないということか。そうやって、根源的破滅招来体の手がかりがひとつ失われたはずなのに、我夢の顔は晴れている。エリアルベースで石室コマンダーとふたり夕日を見ながら、そのことを指摘される我夢。その我夢の優しさが心地よい…。


JUL.11.1999
「救急戦隊ゴーゴーファイブ」 “不滅の救急(レスキュー)魂”

脚本:小林靖子 監督:小中肇

 魔闘士ゾード、グール、ジーンによって大ピンチという引きで終わった前回。今回は、勝ち目のない戦いに臨む巽兄弟の逡巡が見せ場だったかな。江戸っ子気質でがさつに見えるマトイ兄ちゃんだが、実は長男として、それなりの責任を背負っているということなのだね。また、それを慕い互いに信じ合う兄弟愛ですな…。さすがは小林脚本、こういう話だよね、パターンとして…。
 巨大ゾードには、グランドライナーとヴィクトリーロボの2本だてで立ち向かって、みごと勝利。なんだ、マトイひとりでも、ロボの操縦できるんじゃん、いつも2体出せば強いのに…なんて野暮なツッコミは止めておこう。
 ハッピーエンドに、心和むのだよ。


JUL.11.1999
「燃えろ!!ロボコン」 “完全黙秘!オイラ泥棒”

脚本:藤井邦夫 監督:ヒデ・I

 今回ゲストの子、別の局のドラマでも、性格の悪い子どもの役演ってたなぁ。で、最後には主人公の熱意で改心するという展開まで似てたし。この子、こういう役専門になっちゃうんだろうか、結構カワイイのに。
 とぴいことで、女の子に騙されてるとも知らず、泥棒の汚名を着せられ、さらにはロボット学校の生徒みんなの信用にまで影響が出ちゃうのだが、それでも、女の子の事を庇い続けるロボコン。こういう不器用だけど信念のある生き方が、今の世の中には却って受け入れられるという事なんでしょうかね。ちょっと大人の覚めた目で見ちゃうと、だめだわ。もっと素直な気持ちにならなきゃ。
 子ども番組って、そういう意味じゃ、自分のバランス感覚を図るためのバロメーターみたいな物かも。


JUL.11.1999
「ダーク・シティ」

 何とも不思議なテイストを持ったフィルムである。いわゆるフィルム・ノワール的なスタイリッシュな感覚と、「カリガリ博士」を思い出させるようなジャーマン・ムービーの雰囲気。そして、全く記憶がないまま目を覚ます主人公。そのホテルの部屋には女の死体。観客は、主人公とともに、自分探しの放浪を始めるのだ…。
 と思いきや、これは異星人侵略映画である。ちょっと50年代SFっぽいか。話が進むにつれて、ダーク・シティに暮らす人々、そして、そのダーク・シティそのものの秘密が明らかになって行くのだ。ゆったりとした語り口。タイトル通り、常にダークな風景。自分に対する疑問を持ちながら、そのアイデンティを探し求める主人公。
 この映画は、人が誰しも持っている、自己の存在の不安定感を表現した映画である。自分が自分である事、それは何を持って証明できるのか。記憶が曖昧な世界において、自己を定義づける事などできないのか。
 非常にむずむずしてくる。人を不安にさせるテーマを扱う映画だ。しかし、その先には希望がある。ラストをきちんとしたハッピーエンドにしたことで、人間という種の強さやポジティブさが表現されていると考えるのは、能天気すぎるだろうか。

「DARK CITY」98 米 監督:アレックス・プロヤス 出演:ルーファス・シーウェル、ジャニファー・コネリー、キーファー・サザーランド、ウィリアム・ハート 他


JUL.17.1999
「ウルトラマンガイア」 “命すむ星”

脚本:古怒田健志 監督:原田昌樹 特技:満留浩昌

 これは、「大地裂く牙」に対する回答編と言ってもいいエピソードであろう。柊准将と地球怪獣ティグリスの関係。「大地裂く牙」で、自分の怪獣に対する信念に疑問を抱いてしまったであろう柊だが、根源的破滅将来体に対する態度は変わらずアグレッシブである。破滅魔人ブリッツブロッツという今までにない悪意を持った敵に対して歯が立たないXIGであったが、柊はなんとここで藤宮を拉致しアグルになって戦えとと命じる。破滅将来体の脅威に対しては,使える力は何でも使うという、その考えは軍人としては確かに正しいといえるのかもしれない。ウルトラマンが人間の変身した姿であることを一部の人々が知っているのだから、それを有効に戦力として活用しようという考えが出てこないほうがおかしい。まして、ウルトラマンは実は普通に意思の疎通ができる人間であるのと知られているのだから。ダイナ最終回のように、人間とウルトラマンが共同して作戦行動を起こすということもあるにはある。しかしながら、柊のやらんとしていることはそれとはまったく違うものである。彼はアグルを道具のひとつとして使いたかったのだろう。
柊とて地球を守りたいという熱意はXIGのメンバーたちと変わりはない。アグルやガイアとも変わりはない。問題はどこにあるのか。柊はほかのものたちと何が違うのか。
 思うにそれは「優しさ」か。もちろん、戦うものにとって、敵に情けをかけるのはどうなのだろうとも思う。しかしながら、彼らの戦う相手は怪獣である。その目的や意思がこちらにははっきりと伝わらないケースがほとんど。ツチケラのような悲しい事例はレアである。だが怪獣たちがどこからやってきて,なぜ暴れるのか。その根本を突き止めれば、本当の敵は別に存在することが見えてくる。そうすれば、戦う相手が「敵」ではなく彼らもまた犠牲者であるということに思い至る。そこに「優しさ」が生まれるのかと。その「優しさ」は安住の地を失った怪獣を、永遠の眠りにつけてあげることでもある。その「優しさ」が柊にはなかったのではなかろうか。
 ブリッツブロッツに苦戦するガイアとXIG。しかし、その危機を救わんと出現したのはティグリス。利用しようとした藤宮が、光を使い果たして使えない柊であったが,このティグリスの出現には驚いたはずである。そして、ティグリスがブリッチブロッツに対して捨て身の攻撃を仕掛けているのを目の当たりにして、柊の心の中の一部が徐々に変わっていったはずである。それが何であるのか、彼自身は気がついているのだろうか.
 身を挺して戦ったティグリス。その亡き骸に向けて敬礼するチーム・ハーキュリーズ。「ガメラ2」のシーンを思い出させるのだが、こちらもなかなか胸にジーンとくる名シーンであった。


JUL.24.1999
「ウルトラマンガイア」 “襲撃の森”

脚本:長谷川圭一 監督:原田昌樹 特技:満留浩昌

 自然コントロールマシンシリーズ(?)もこれで最終回。今回は「深緑」である。このマシンがいったい何なのか、結局のところよくわからない。今とは違う時を越えた場所でこれらのマシーンは作られた。どうやら,地球を浄化するためのものらしい。今回登場の深緑は、天海、炎山で丸裸になった地球を緑で満たすもの。そういう目的なのだろう。だが、この新緑、過去の自然コントロールマシンとは大きく異なっている。ひとつは、“現在”のテクノロジーを模倣して作られていること。そしてもうひとつは、人間形態のエージェントがいることだ。
 よりによって、我夢の友達であるサトウが、この美しき姿のエージェントにぞっこん。その勧めで根源破滅教に入信しているのである。根源破滅教…その詳細な実態は分からないし、いくつも流派があるらしい。ただ、今回の教祖はちょっとうさんくさい男である(笑)。こういうゲストはアリかな。特にガイアの世界観を壊すわけでもないし、コメディリリーフとしての役割は十二分に果たしたといえるしね。
 さて、深緑によって一面緑に覆われる都会。植物の大繁殖によって、街がどんどん破壊されていく。見ようによっては、これも悪い世界ではないのではと思う。そもそも自然コントロールマシンは、悪意のある行為を行うものではないから。地球を浄化するためのものだから。ただし、それを作った何者かが、何らかの意思を持っているわけで。
 その何者かは、未来にいながら過去である現在に積極的に介入してくる。人類は不要なものであり地球上から排除すべき存在であると。キャサリンが作ったシステム「エント」を模倣して作られたこの「深緑」が現在の環境を大規模に変えてしまうのは必至。人類が生き残るためには深緑を破壊しなければならないわけだ。ひょっとするとそれが、地球自体の生命を縮めてしまうかもしれないのに。
 キャスの活躍によってこの深緑を倒すことができた。未来に絶望して過去をも清算しようとする考え方に抵抗する我夢である。現在予見される未来がたとえ明るいものでないとしても、それは自らの努力によって変えてゆくことができる。未来が明るくないからといって、過去までも否定してしまうという考え方は正しくない。ポジティブに生きるべきである。そんな明快なメッセージが伝わってくる、非常にわかりやすいエピソードであった。難を言うなら、深緑のエージェントが何をしたかったのか、そこまで明らかになったらよかったかナァと…。
 根源破滅教教祖が無事だったのと、「スティンガー被害者の会」がツボ。


JUL.31.1999
「ウルトラマンガイア」 “XIG壊滅!?”

脚本:右田昌万 監督:北浦嗣巳 特技:北浦嗣巳

 でかい怪獣である、モキアン。アンキモのアナグラムだろうね、多分…アンコウ型怪獣だもん。まぁ、それはいいとして。
 藤宮もラーメンなんて食うのね、ま、喰わなきゃ生きていけないんで当たり前なのだが。でもなんであんな場末の店で…。まぁ、それはいいとして。
 死神とナルトの不思議な関係である。ラーメンに浮くナルトの渦巻きは、この宇宙全体を暗示しているというのだろうか…。まぁ、それはいいとして。
 さすがに北浦監督のセンスである。
 さて、藤宮と玲子の関係がついにはっきりと。お互いに自分の気持ちをはっきりと口にするわけだからね。まぁ意地を張りつづけた藤宮が自分の気持ちに素直になったというわけね。いいじゃありませんか、藤宮君も変わるべきで。
 それでですね、今回の見せ場はなんと言ってもエリアルベース対モキアン。XIGのファイターチームが死力を尽くして戦っても、モキアンの圧倒的な強さの前には歯が立たない。満身創痍で、失意に沈みながら、ついにエリアルベースを捨てる決心をするXIGの面々。人類の弱さをはっきりと自覚させられる、そんな絶望の瞬間。ついに負けてしまったのか…。
 一方、我夢もまたガイアとして、戦いを挑むのだが…ガイアもモキアンにとらわれてしまう。ガイアの力もモキアンの前では歯が立たない…。
 しかしながら、エリアルベースに一人残る石室コマンダー。エリアルベースを最後の砦としてモキアンの侵攻を防ぐ。つまりエリアルベースによる特攻をモキアンにかけようというのだ。ファイターによる攻撃にもガイアの攻撃にもびくともしなかったモキアンだった。が、エリアルベースとの激突によってついにモキアンも大爆発の業火に包まれる。エリアルベースとともに。
 炎の中の石室コマンダー。彼の命は、エリアルベースとともに尽きてしまったのだろうか…。だとしたら、モキアン撃滅の代償は、限りなく大きい。
 うがった見方をするならば、石室コマンダーの取った行動は、“特攻精神”とも取れなくは無いような気もする。自らの命を犠牲にして、敵を倒すという。そうだとしたら、それは悲しい話だ。
 だが、コマンダーの行動をそう取りたくはない。これは人間の可能性に挑戦する精神の表れなのだ。まさにギリギリまで頑張ってふんばって、望みを捨てない。そんなポジティブなメッセージと捉えたい。


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